何かに躓いたなら

俺が君を支えるから

だから

君の中に少しだけ

俺の居場所を

下さい











†翳る空、歪む月†











いくら愛しくても、唯一の目的の為に駆け抜けるその腕を掴み引き止める事など出来ない。
いくら愛しくても、彼が東方の地に降り立ち真っ先に足を向けるのは、自分の元ではない。
いくら愛しくても、真っ先に駈け寄り抱き締める事は、出来ない。

理解はしていても、納得はしてくれない己の胸の内に淀むエゴに、一人密かに嗤う。

「人間じゃねぇ」と、下士官が吐き捨てるように発した言葉は、恐らく自分の上司には勿論、あの子供にもその弟にも届いているだろう。それでも表情を変えない子供に、無神経なセリフを吐いた下士官を殴り飛ばしたい衝動を押さえ込みながらハボックは眉を寄せる。
自分の上司はきっと子供に笑顔と言う仮面で受け流す様を見せ、子供もそれに習うだろう。そうして胸の奥深くに突き刺さった棘の痛みも誰に知らせる事なく隠し続けるのだ。その傷跡が膿んでいる事に気付きながら、抉る事はしても癒える時など待たずに、ひた隠しに。
そんな方法はまだ覚えなくても良いのだと、その頭を撫でて、抱き締めてやりたいと思う。けれど自分にはその資格がない。血塗れたこの両腕では。

瞑目し、煙草の煙を恐らく真っ黒だろう肺の奥深くまで吸い込み、吐き出す。そしてまだ中途半端な長さを残し煙草を灰皿へと押しつける。じりじりと巻紙の焦げる音を余韻に残し、ハボックは休憩室を出た。

「あぁ、ハボック。良い所に」

満面の笑みで片手を上げ歩いてくる上司を見て、ハボックは一瞬本気で踵を返そうとしたが、そうした場合の顛末が易々と思い描けた為、動きかけた右足の筋肉を全神経を傾け踏みとどまらせる。

「何ですか?」
「お前、暇だろう」
「大佐ほどではありませんがね」

人の顔見て開口一番それかよと思いながら、引きつった笑顔で応じるハボック。上司は相変わらずの似非臭い満面の笑顔で肩を叩いてくる。

「それは良かった。ならお前が迎えに行け」
「は?」

アホ面を晒している事を自覚しつつ煙草を銜えていなくて良かったなとどこか他人事のように考え、今日はお偉いさんが来る予定はなかった筈だと内心首を傾げ、この人もとうとう若ボケ突入かと、結構酷い事をハボックは思った。

「鋼のが、ショウ・タッカー氏の自宅で文献を探しているからな。その迎えだ。それから、タッカー氏に伝言を。『もうすぐ査定の日です。お忘れなく』と」

内心の言葉が口に出ていたかと一瞬焦ったが、夕方にな、と言い残して笑顔のまま去って行く上司の背中を見て、どうやらその心配はなさそうだと胸を撫で下ろした。
それから数秒後。

「ハボック少尉、マスタング大佐は」

背後からかけられた声に、小さく肩を震わせ振り返ると、今し方立ち去った上司の優秀なる美人副官が、笑顔で立っていた。笑顔で。

「今エドワードの迎えに行けって言われた所ッスけど。今右に曲がって…」
「そう、有り難う」

笑顔のままのホークアイが通路を曲がり、遠ざかる規則的な軍靴の足音に弾を装填する音が混じり、廊下に響く。そしてハボックは上司の上機嫌の理由を悟った。

「サボリかよ…」

相変わらずよくやる、と窓の外の夕日を見上げながら、溜息をつく。

「ん…?夕日…?」

夕方に、迎えに行けとあの上司は言った。
窓の外には真っ赤な夕焼け空が広がっている。
と言う事は、つまり。

「夕方に行けっつーなら昼までに言っとけっつーのあの駄目上司ーッ!!」

もう立派に夕方じゃねーかよ!
全力で走り抜けるハボックの姿に、廊下ですれ違った下士官達は何か緊急事態でも起きたのかと騒ぎになったのだが、司令官を捕獲した後のホークアイが大方の事情を察していたため大事にはならずに済んだらしい。










焦りながらタッカー宅に車を走らせたハボックは、鋼の錬金術師がまだ書庫にいると言って案内を申し出た家主に感謝の言葉を述べると、安堵の溜息を漏らした。

「よぉ大将、迎えに来たぞ」

部屋の入り口から呼びかけると、眼下には犬の下敷きになった子供の姿。

「……何やってんだ?」
「いやこれは資料検索の合間の息抜きと言うかなんと言うか!」

勢い良く上体を起こした子供が紡いだ言葉に、ハボックは眉を顰めた。
本来ならば、根を詰めて作業に没頭するよりも、太陽の光の元で犬と走り回る方が自然な年頃であるのに、そうする事がまるで赦されざる事のように、この子供は言う。無意識に、自然に吐き出されるそれは、なんと自戒に充ち満ちた言葉であろう。

「あぁタッカーさん」

意識は傍らの子供へ向けたまま、おざなりに家主へ上司からの伝言を口にする。瞬間変わった表情と口調に違和感を覚えたが、そんな事に気を回す余裕などハボックにはなかった。





それがどんな結果を招くのかなど、知る筈もなく。





兄弟を宿まで送り届け、努めての笑顔で兄弟を見遣る。

「そんじゃぁな」

戸口の5段ほどしかない低い上り階段の前で銜え煙草のままひらひらと手を振るハボックに、鎧姿の弟は律儀に会釈を返す。兄はと言うと、ハボックから微妙に視線を逸らしたまま、無言。

「今日はちゃんと休めよ」

ハボックの紡ぐ労いと気遣いの言葉にも、無反応。弟に感謝の言葉をと叱られても、憮然とした表情のまま、動く事のない子供。その様子に苦笑し、ハボックは手を振る事で弟を先に宿の中へと促した。
閉じられる扉。巻紙の焦げる音。落ちる灰。
子供の様子に訝しがりながらも、理由を問う事はせずその頭に掌を乗せ、弾ませる。常ならば激しく手を振り払う事で拒絶を示す行為にも甘んじている子供に、今度こそ疑問を口にする。

「どうした?大将」

何かあったのかと、問いは夕暮れの薄闇に溶ける。

「なぁ…エドワード?」

名前を呼ぶ事で呼びかければ微かに揺れる肩に、全身で自分の存在を意識しているのだと気付く。
それでも、それに気付いてはいないふりで、僅かに浮かぶ苦笑の種類を変えて、膝を折り視線を合わせる。

「言ってくんなきゃ解んねぇんだよ」

弟みたいに解ってやれはしないのだと、苦い思いを飲み込んで、言う。
揺れる金色の瞳は迷いを孕んで彷徨うが、幾ばくかの時間を費やし、漸くハボックのそれに合わされた。

「…だって、久しぶりなのに」

ぽつりと、落とされた答えにハボックは僅かに眼を見開く。

「アイサツとか、したかったのに、いないし」

それはそっちが真っ先に大佐の執務室に向かうから、との反論も、飲み下す。嗚呼そう言えば、あの時自分は駅に残り事件の事後処理の為司令室にはいなかった。

「何も、言ってくれないし」

真っ先に、言わなければならなかった言葉を、忘れていたのは、どちらだ。
拗ねたように…否、完全に拗ねた表情を晒し頬をふくらませ鼻を鳴らし頭に置かれた手を振り払い踵を返し宿の扉に手を伸ばした子供。その肩を咄嗟に引き寄せ抱き締めるハボック。
見開かれる、金の瞳。
コンクリの床に落ちた、吸いかけの煙草。
ハボックが踏みにじり、消える火。
立ち上る、煙。

「…悪い」

肩口で囁かれ、子供は首をすくめる。
ハボックは、自分の傍らにこそいつかこの小さな子供が還り着く事を望み、それが叶わぬ事を知りながら、祈るように、告げた。

オカエリ

囁きと同時に身体を反転させられ、反射で眼を瞑る子供。
その瞼の上に、口付ける。

「へ…?」

呆けて自分を見上げる子供に、ハボックは笑みを零す。

「ほら、俺はちゃんと言ったぞ?」

笑顔でかけられた言葉に、眉根を寄せる子供。けれどその頬は朱に染まり、抱く感情は怒りでなく羞恥なのだとハボックに知らせている。
何度か戸惑いを表すかのように開閉される赤い唇は、額に落とされる口付けに促されるように、音を紡ぐ。

「…………………………タダイマ

躊躇の末、聞き取れるかどうかの小声で返された応えに、ハボックは満面の笑みで口付けを返す。顔を蹙めていた子供も、やがて笑顔を浮かべた。

「それじゃぁ…また明日な。少尉」

階下のハボックと、真正面で見交わす視線。はにかむような微笑を浮かべ、五段の階段を上った子供が言う。

「あぁ。…また、明日」

今度は笑顔で踵を返した子供。
その、腕を掴む。

「っ、何?」

疑問符を浮かべ小首を傾げる子供を、強く抱き締める。

嗚呼こんなにも愛おしいのに。

湧き上がる劣情と自嘲の笑みを押さえる事も出来ず、ただハボックは子供を抱き締める。背に回された細い腕と鋼の腕の感触に、胸が疼く。それでも、子供にかけるべき言葉もなく。ただただ、抱き締める力を強くする。 イタイよと、子供は非難の声をあげる事もなく、されるがまま。

嗚呼、こんなにも愛おしいのに、繋ぐ事など出来はせず。

嗚呼、こんなにも愛おしいのに、告げる事すら赦されぬ。

腕の中の存在を、これ以上なく愛おしみながら、こみ上げる涙を飲み下した。放したくない離したくないと喚く欲望を押し殺し、ハボックは身を引き、子供を見下ろす。
見上げた子供の額に口付けをもう一度だけ落とすと、ハボックは今度こそ背を向け、歩き出した。一度も振り返ることなく、最早濃紺に支配された夜の元。
その後ろ姿が見えなくなるまで、子供は拳を握りしめ、立ち尽くしていた。





手を離した後悔も懺悔も、もう時効。






















アンタらその一連の動作、何処でやってるのかちゃんと考えてますか?な話(激違)
あらゆる抗議非難を予想して、予め深く謝罪申し上げます(サイテー)

とまぁ冗談はさて置き。
お察しの通り、ニーナの話の直前、兄弟が東部に着いたその日の設定。
ハボックが好きなんだけどアルと一緒に元に戻るまではそう言う「幸福」みたいなモノを味わっちゃいけないんだと思って何も言わないし言わないでとハボックに懇願した、なぁんて言う過去を(俺が)捏造したエドと、エドが愛しすぎて労るのも癒すのも赦すのも自分でありたいし傍にいたいのにそれが無理だと理解していてるから束縛愛に走りそうになるんだけどエドの為に其れが出来ないヘタレなハボ(微妙にロイに嫉妬?)。を書こうとしてまんまと失敗。

何だコレ。ギャグなのかシリアスなのかほのぼのなのかダークなのかいい加減ハッキリして欲しいんですが、やっぱりMr.CHIL●REN(伏せ字の意味なし)の「HERO」と「掌」を聞きながら書いたのがいけなかったんでしょうか?(知らないよ)

こんなモノを押しつけるなど身の程知らずも恥知らずも良い所ですが、言質の通り、流夜女史に捧げさせて頂きます。書き直し要求・返品可!





※後書き(懺悔)は反転にて





斎雅 月 拝










2004.8.22     2004.8.26加筆修正

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