偽りは強い摩擦の中で確固たる意志を絶叫し。

憂いを帯びた風が通り過ぎるたび、削り取られる激痛に悲哀を語り。

けれど空色の球体は、ただそこに在り続けた。







触れるべくして在りしもの







「よォエドワード。久しぶり」


ソファの上にあぐらをかいて、その両足で重い本を支えているエドに、いつものように煙草とライターをたずさえたハボックは声をかけた。キリのいいところで止まったのか、一瞬のタイムラグの後、エドが金色の瞳を上げる。


「何、少尉。またサボリ?」

「サボり言うな。俺、結構マジメなんだぞ。今はひとやすみだ」

「そうか、世にいうサボリだな」

「違うっつの」


頑ななエドの言葉に業を煮やして、ハボックは不機嫌に眉根を寄せた。しかしエドは、ただ楽しそうに笑うばかりだ。ハボックをからかうのがおかしくてたまらないらしい。よくわからないが、彼にしてみればおもしろいことなのだろう。ホークアイ中尉に見張られて渋々仕事をこなすマスタング大佐という日常が、いつまで経っても笑いを誘う存在であるのと似たようなものだろうか。


「で、お前何しにきたんだ? 査定はまだ先だろ。今度は東部じゃないし」


エドの向かいに腰を下ろして、ハボックが問う。たった今閉じられた厚手の表紙の本は、タイトルは書かれておらずとも、錬金術に関わるものだろうと大方の予想はつく。持ち帰らずにここで読んでいるのは、持ち出し禁止だからだろうか。


「旅先の雑用の報告書、大佐に出しにきたんだよ。それの受諾待ち」

「へー……そういやアルフォンスは?」


軽く辺りを見回す動作をしてみるも、それはただの建前だ。あの、巨大な鎧の姿をした弟は、隠すことさえ難しい。
別にいつも一緒にいるわけではないだろうが、少し目を放した隙に猫を拾ってくる彼を野放しにしておくのは、いささか不安なはずである。

エドは一瞬身をすくめると、戸惑いがちに視線を泳がせた。その様子で、ハボックは今のアルの状況を漠然と悟った。必要以上にうろたえているエドに向かって、「底意地の悪い」という形容詞がよく似合う笑みを浮かべる。


「あー……さては少佐に捕まったか」

「……何か最近、少佐と会う確率が高くなってる気がするんだけど」


直接肯定するのはプライドが許さなかったのか、遠まわしな言いようでエドは返答を行った。
確かに、最近はアームストロングが東方司令部に顔を出すことが多くなっている。たまに現れるエドも、出会う確立はかなり上がっているのだろう。

贄にしてきたとはいえ、やはりいささかの罪悪感はあるのか、何処ともつかない場所を心配そうに見やるエドに、ハボックは告げる。


「あーあーそう気をもむな。ハゲるぞ縮むぞ疲れるぞ。飴でも食うか?」

「縮まねェよ!」


子ども扱いされたことよりも何よりもそちらに反応して、エドは声を荒げさせた。本当に気にしているんだなァと、怒ったエドを他人事のように見つめる。

こうしていると、こいつは本当に子供っぽいのに、ふとした瞬間、下手をすれば自分よりも大人びて見える。どこか遠くを見ている時呼びかけると、振り返って笑うくせに、その時だけはその顔が偽りに思えてしまう。軍の狗と化して権力を手に入れ、汚い大人の世界に入ってでも己の目的を成し遂げるために前を向く。エドはまだ15の少年であるというのに、もはやそれすらも信じがたい。15といえば、ハボックはまだ漠然と軍人を描いていただけだったはずだ。同年代であるというのに、何という違いか。

時々、彼が壊れてしまうのではないかと、とても不安になることがある。いつも薄氷の上を歩いている彼が、その氷を割ってしまうのではないかと。それを思うと、形容しがたい欠落感が胸をさいなんでくる。

エドの頬に手を伸ばして、引き寄せる。宝玉の如く輝く瞳を真正面から見つめて、綺麗だと素直に思った。


「少尉?」


疑問を含んだ声で、呼びかけられる。けれどそれは少年の声ではなくて。


「ホークアイ中尉。何か用スか?」


実際は心臓が飛び上がるほど驚いたというのに、そんなことはおくびにも出さず、ハボックはゆっくりと顔を離した。軍人として必要とされる精神統一と感情殺しがこんなところで役立つなど、人生わからないものだ。
訝しげに柳眉をひそめるホークアイに、ハボックは必死で言い訳を探した。ただこちらを見上げているばかりのエドに、応援は望めまい。


「いや、エドワードの目にゴミが入ったらしくて」

(何だそのありきたりな言い訳は!)


自分の不甲斐なさに少し泣きたくなりながらセルフツッコミを入れるも、それを顔に出すわけにはいかない。少しでも雰囲気を崩せば、鋭いホークアイを騙すのは不可能になるだろう。いや、それなら初めから何も言わない方がよかったか?


「……そう。マスタング大佐が呼んでるわ。きて」


ホークアイをごまかせたのかどうかは、不安になるので考えないでおくとして、ああそうかこの混乱の原因はあの人かと、ハボックは勝手にロイを恨んだ。

足早にソファを離れ、ホークアイの先導で立ち去ろうとしたハボックは、扉が閉まる直前に、エドに向かって軽く手を振った。
エドもそれに応えて手を振り返して――扉が完全に閉まったことを確認して、応接用のクッションに突っ伏した。それだけでは飽き足らず、唸り声さえあげる。エドにしては珍しい動揺っぷりである。

びっくりした。ただひたすらにびっくりした。ハボックに、あんなふうに触れられたのも、あんなに顔が近づいたのも初めてだった。胸の動悸は中々おさまらない。もしかしたら、顔が赤くなっているかもしれない。そう思うと、誰が見ているわけでもないのに、恥ずかしさで顔が上げられなくなった。実際には、エドの顔はポーカーフェイスで守られていて、そのおかげでハボックは、そのことに気づきもしなかったわけだが。

ソファに顔を埋めたまま、わずかに頭を動かした。かすかに入り込んできた光景の先、手を伸ばせば届くテーブルの上に、ハボックが忘れたと思われる煙草が、静かにちょこんと乗っかっていた。


(忘れてった……? よっぽど急いでたんだなァ。やっぱサボリだ。うん)


急いでいたのではなく、慌てていたのだが、同じく全力のポーカーフェイスを使ったハボックは、そのことを悟らせはしなかった。もっとも、そういうことを感じ取るのに長けているホークアイは、2人が互いに表情をごまかしているという現実に驚いて訝しんだのだが、ハボックが言い訳をしたので、立ち入るまいと考えたのだった。

しかしそんなことを知らないエドは、もう一度の唸りと共に吐息すると、小さな窓に切り取られた空をわずかに見やった。












それからしばらくの後、ハボックは休憩室から執務室への道のりを逆戻りしていた。大佐から報告を受け、2、3の用事を頼まれた。それを請け負って退室してから、自分が煙草を忘れたということにようやく気づいたのだ。
エドのいる休憩室に入った時につけた煙草は、ロイの執務室へたどり着く直前に、吸えないレベルにまで短くなっていたので、携帯灰皿に放りこんだ。新しいものを取り出すには執務室は近すぎて、まァいいかと思い、煙草なしで面会した。
ロイは部下の言動にそれほど厳しくなく、煙草をくわえたまま上官の部屋に入るというかなり非常識なことでさえ黙認していたので、ハボックの煙草なしに少し驚いていたようだ。
それにしても、一歩間違えれば自分と部下を同位置に置くような行動であるというのに、それでもロイへの敬意を怠る者はそうそういない。天性なのか、はたまたイシュヴァールの噂が招いた結果なのか。

と、気づけば休憩室の前を通り過ぎかけていて、ハボックは慌てて立ち止まった。思わず口元に手を持っていった自分に、呆れをこめたため息をつく。煙草を欠かしたり切らしたりしたら、ずいぶんと落ち着かなくなってしまう。上官が変わるとか左遷されたりなどで煙草を禁止されたら、自分は禁煙にどのくらい苦労しなければならないのだろうか。
自分の考え事に勝手に落ち込みながら、ハボックは扉に手をかけた。その先に、想像していなかった現実が転がっていた。

ハボックはてっきり、エドはまた本を読んでいるのだろうと思った。しかし、エドはソファーにうつ伏せで寝転がったまま、ピクリとも動こうとはしない。たった今入ってきた人物がハボックであると確認することさえしないようだ。その様子に、さすがに不審を覚えて、ハボックはエドに声をかけた。


「エドワード、どうした。気分でも悪いのか?」

「あー大丈夫。気にすんな。それよか、煙草忘れてたぞ」


顔を上げることすらなく、エドがヒラヒラと手を振る。それに対する心配は相変わらずであったが、今はロイから預かった用事がある。急を要するものではないが、期限は今日中。できるだけ早く提出したいというのが本音であった。
自分の煙草を探し、視線をずらしたハボックは、ふとした違和感にとらわれた。
何か違う。何かおかしい。煙草の箱……それがズレている?

そこで、ハボックはようやく机上の異常に気がついた。自他共に認めるヘビースモーカーの鼻である故か、その匂いにまったく気づけなかった。

灰皿の上で、一本の煙草が、紫煙をくゆらせていた。

熱の侵食はフィルターにまで及んでいたが、未だ煙草の葉は残している。吸ったか吸わないかで燃える速度は変わるが、少なくともハボックが退室して少しした後につけられたはずだ。灰が煙草の原型を追っている。ほとんど手をつけないままで、灰皿に放置したらしい。しかし、誰が?

まさか、と、ハボックはちらりとエドを睨んだ。気配で察したか、エドの体がわずかに竦む。


「……っと顔上げろ、エドワード」


静かにすごんだ声で呼びかけて、ハボックはエドの肩を掴みおこした。エドはもともと抵抗する気がなかったのか、それとも気力がないのか、ひどくあっさりと動きに従った。その目は少し、怯えの色を含んでいる。どうやら叱られることを恐れているらしい。ハボックはため息をつきながら、エドの顔を両手で包んだ。優しく、労わるような動きで頬に触れて――そのまま、エドの頬をつまみ上げる。


「お前だな? お前、俺の煙草吸いやがったな?」

「ちょ、少尉、マジで痛いんだけどあたたたたっ!」


まだ余裕の見えるエドの悲鳴に、ハボックはあっさりとその手を放した。ビックリしたような表情で見上げてくるエドを置き去りに、机の上に腰かける。軽く目をすがめ、エドの頭の上に片手を置いて、ハボックは少し弱い声で問いかけた。


「あのなァ、何してんだお前。煙草なんか吸ってたら、肺がバカになるぞ?」

「いや、それ、愛煙家のセリフじゃないし」

「いいんだよ俺は大人だから」


煙草の毒に大人も子供もあるものかと思ったが、エドは黙って顔を伏せ、唇を尖らせた。

煙草に火をつけたのは、ほとんど興味本位だ。いつもハボックが手放さない煙草は、どんなものだろうかと気になった。箱から一本取り出し、口にくわえて火を灯して――それだけで満足するはずだったのに、何だか照れくさくて小さく笑った瞬間、主流煙を思いっきり吸い込んでしまった。予想よりも濃いそれに大いに焦って、灰皿の上に煙草を放り出し、しばらくの間咳き込み続けた。まるで火事現場で深呼吸したかのようである。あんなものを常時吸い続けているハボック。もはやあっぱれ。


「あんた、何であんなの吸ってんの? 喉痛いんだけど……」

「あたり前だ。あれ、普通よりも濃度が高いんだぞ。初めて口にする奴が平気なわけがない」


呆れたような顔をして、ハボックが言い含めるように語る。しゃべる時に笑わないハボックは、大抵が真剣なのか怒っているかのどちらかだ。今は、まず間違いなく後者だろう。そのことが、エドの心をさらに沈ませた。

エド自身、自分の行動に納得いかないことは多々あったが、今回のこのことは、漠然としたものではあるが、何となくわかった。

自分は、少しでもハボックに近づきたかったのだろう。少尉という中途半端な地位のせいで、司令部にいないことも多い彼のことを、できるだけ知りたいと。関われる時間さえも少ない彼のことを、もっと大切にしていたいと。

そうやって、精一杯の背伸びをして。

けれど、背伸びをする時は足元を見ないから。

だから、何が落ちているかなんて気づきもせずに。

己の血が滴っていると、わかりもせずに。


完璧にふてくされてしまったエドを眺めていたハボックは、気まずさに下唇を突き出していた。

頭の上に置きっぱなしだった手をずらし、あたかも熱を測るかのように額に手の平を押しつけ、そのまま前髪をかき上げてやる。長い前髪に遮られていた光が眩しかったのか、エドがわずかに目を細めた。

その隙に、ハボックは額に優しいキスをひとつ落とした。

それはまるで、母が息子にするかのような。

不安も孤独も拭い去る、溢れんばかりの愛しみをこめた動作。

ハボックはエドの前髪を元に戻して、彼の頭を平手で軽く叩いた。


「んじゃ、俺今から仕事だから。またな」


そう言って、煙草とライターと灰皿を持って、ハボックは退室していった。一度も振り返ることなく、また明日会えるような自然さで、あっさりといなくなってしまう。

再び一人取り残されたエドは、まるで大儀であるかのような、ゆったりとした動きで、右手を額に持っていった。そこに、たった今の今まであった温もりが、確かにしっかりと残っている。感触を伝えない機会鎧でそれを感じられるはずはないのだけれど、ただそれだけははっきりとわかった。

手の平を額に押しつけ、それを目の前に持っていく。何が付着しているわけでもないのだが、しばらくの間それをじっと見つめて――エドはふと表情を緩めると、とてもとても幸福そうに笑った。その笑顔のまま、視線を机上へと移す。


エドが火を灯して、やがて灰と化した煙草を乗せていた灰皿はそこにはなく。

新しい、空の灰皿の上で身を寄せ合っているのは、綺麗に袋づめされた、甘そうな色彩の三つの飴玉。














ギャーもうどうしよう叫んで良いですか踊って良いですかどうしよう本当!?(ウザイ)
こんな素敵な小説を本当に俺如きが受け取っても宜しいのかどうか…ねぇ、どう思います!?(聞くな)
いやもう手放せと言われても手放す事など不可能ですがねハハハハハ!(壊)

…えー、申し訳ありません取り乱しました(ぺこり)

暁鴉流夜サマの素敵サイトで踏み腐りましたキリ番にリクエストした「ハボエド」。
新境地です(殴)

そんな訳で。
あの時流夜サマのサイトでキリ番踏んだ自分を少しばかり褒めて遣りたいと思います(何)
こんなにも素敵な小説を書いて頂いて、本当に有り難う御座いました(土下座)
これからも宜しくお願いs(撲殺)





斎雅 月 拝




2004.05.05

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