与えられた痛みによって知らされたのは。

自分が未だ生きているという事。

そんな事は、どうだっていいのに。





覚めぬ夢魘に請罪を ロイver.





「何をやってるんスかアンタは…ッ」

己をベッドの上に引き戻した人物は、己に激しい怒鳴り声を浴びせた。
其の人物を認識するまでに、数秒。

霞がかったような意識の中、其の人物の名を呼ぶ。

「…ハボッ…ク…?」

掠れ、聞き取りにくいだろうその声はしかし、未だロイの腕を掴んでいる部下―ハボックの耳に辛うじて届いたらしく。
痛みに蹙めた表情を眼に止め、慌ててロイ腕を掴んでいた手を離し、語りかけた。

「アンタ、覚えてます?自分がどうなったのか。どうして此処に居るのか」

安堵からなのか、怒りからなのか。
僅かに震えている声音。

「…あぁ、…覚えている」

囁くように応えたロイの、その言葉に力はなく。
ハボックが、眉を顰める。



ああ、覚えて居るとも。



今はない、己を貫いた刃。

‘死’と云う言葉が脳裏をよぎった時。

浮かんだのは、たった一人。



太陽の化身であるかのような黄金の。

少年。

そして、無意識に。
半ば本能的に、彼の、エドワードの居るであろう宿へと脚を向けたのだ。

焦がれるように。

引き寄せられるように。



ふと、浮かんだ疑問。

「…ハボック」
「何ですか?」

呼びかければ、即座に返ってくる応え。
浮かんだ疑問を、投げかける。

「…中尉と、………鋼のは」

即座に返ってくるはずの応えは、与えられず。
其れに感じる、違和感の正体と、確信。

常に、不測の事態には己の側についている筈の副官。
その姿が、見えず。
ハボックは、彼女を呼びに行く素振りも見せず。

何より。


「ハボック少尉。ホークアイ中尉と、鋼の錬金術師は、…どうした」



眠りに落ちる前に眼にした、金が。
姿を、見せない。



トレードマークとも言えるくわえ煙草のないハボックは。
ぐしゃぐしゃと前髪をかき混ぜ。苦い表情をし。
何も言わず、一枚の紙を差し出した。

重みの感じられないその紙片に書かれているのは。

「人間兵器」である自分が失敗した敵の、徹底排除の命令。

そして。

ロイの任務失敗を知る者の。





抹殺。





自分の任務失敗を知っている者。
それはつまり、指令書を見た少年を指す。

では、軍は。

彼を。



愕然とするロイ。

色をなくしたロイの、其の表情を見。
ハボックは背筋を伸ばし、踵を合わせ。

まるで報告書を読み上げるかの口調で、云った。



「鋼の錬金術師、エドワード=エルリックの消息は不明。 しかし目撃情報、及び大佐の所持していた筈の指令書が紛失している事などから、 大佐が遂行した討伐先へ向かっていると考えられます。 よって、ホークアイ中尉が詳細確認の為、現場へ向かっている所であります」



茫然とした表情のまま、ロイがゆっくりと言葉を紡ぐ。

「中尉が、現場に向かっていると」

ハボックが、無言で頷く。

「何故、彼女なんだ」

応えは、なく。

沈黙。

その沈黙に、堪えかねたのか、どうか。
ハボックに限って、そんな事はないだろうが。
彼は、ゆっくりと、ロイに呼びかけた。

「…大佐。」

ロイは、返事を返す事をしなかったが、ハボックはそんな事に構わず言葉を続けた。

「中尉の「詳細確認」と云うのは、単なる名目です。 そう言っておけば、上は何も言えないですからね。 そんでもって、俺らの中で一番都合が良かったのが、中尉なんです。 あの人が、単独で軍に背くような事するとは誰も思やしないでしょうから」

「…何…?」

どう云う事だ、と。
言外に含められた意味を、間違う事なく受け取り。

「中尉は、…エドワードを助けに行ったんですよ」

ハボックは淡々と、事実を事実として、述べる。

「…中尉が…?」

ハボックは頷くと、銃と、そして発火布を差し出した。

「…どうせ止めても聞きゃしないでしょうから、渡しときます」

止めたら抜け出して、丸腰で行きかねないですからね、アンタは。

苦笑して。
ハボックは、踵を返して扉へ向かう。
そのノブに手を掛け、振り返る事もせずに一言。

「俺は何も知りませんから」

扉は閉まり、消毒液のにおいが充満する病室に一人取り残され。
思わず、嗤う。



嗚呼。
彼らはこんなにも、己を想ってくれていると言うのに。

自分は。



‘彼らさえも、いつか裏切るのではないか’



エドワードに吐露した本心を。
自分の愚かさを、嗤い。

無言で「行け」と促してくる。
そんな部下達の不器用さを、笑い。



ロイは、エドワードがいるであろう其の場所へ。
急ぐ。





弾む息。
痛みを訴える傷口。
それら全てを、黙殺して。

青と黒の軍服が立ち並ぶ中。
それらを視界にとどめる事なく、真っ直ぐに、己の部下の元へと歩み寄る。
ゆっくりと振り返ったホークアイは、感情の見えない声音と、其れを読ませない表情で。
問いを、発した。

「大佐…何故、此処に?」

其の問いには応えず。
エドワードの安否を、尋ねる。

一瞬間、強張る頬。
伏せられる瞳。
詰まる言葉。



其れらが、意味する答え。



そして、わき上がるのは、後悔。



あの時、自分がエドワードの所へ向かわなければ。
自分が、姿を見せさえしなければ。
自分が。

彼の顔を、思い出したりしなければ。



全てが、今はもう意味を成さぬ仮定。



「…大佐」



呼びかける声を、手を振る事で制し。
エドワードの居場所を、聞く。
僅かの間、逡巡し。ホークアイが、案内を申し出た。
周囲の者は、そんなホークアイに驚いた。
そして、顔すら認識していない群衆の中の一人が、声を上げた。

勝手な行動は、許されない、と。

下位兵のそんな言葉を黙殺し、後に続くロイの遅れがちな歩調に合わせ、ホークアイは瓦礫の中へ分け入って行く。
最早言葉をかける者はなく。
ロイは、ホークアイの後に続いた。



瓦礫の山を、越え。辿り着いたのは、自分が訪れた時には倉庫として存在していた場所。
其処は、平野と呼ぶにふさわしい程に、何もなく。
周囲に、何者かの死体が転がっていただろうと思わせる血痕が残されるだけで。
ただ中央に、ぽつりと。布が被せられた‘何か’が、在った。



「…大佐…」



絞り出すような声音で、ホークアイが言葉を紡ぐ。

「…エドワード君は…ッ」

深々と頭を下げての、謝罪。
其れを、ロイは否定する。
言葉はなく。けれど、全てを以て。ホークアイの言葉を、否定した。



ロイがゆっくりと、中央に向かって歩いて行く。

ロイは、跪き。
布を、取り払った。



全てが温度をなくし。

既に、全てが音をなくした。

既に、全てが色をなくした。

そんな、世界の中。

いっそ鮮やかなほどに、目に映る、―――赫と。



赫に侵された、金。



存在を主張しようとするかのように荒れ狂う脚と肩と、腹部の傷は、今この瞬間にはほんの瑣末な事でしかなく。
ロイは、誰よりも大切な少年を抱き起こし。
優しく、抱きしめた。

エドワードのトレードマークでもある赤いコートは、返り血と、 持ち主から流れ出た血液によって、既に黒く変色している。

力の抜けきった腕は、重力に従い落ち。

血溜まりの中、水しぶきを上げ。

頼りない波紋を一つ、作り出した。



「…君を危険に晒すまいと、あの仕事を引き受けたのだがな…」

自嘲の響きを含んだロイの呟きは、乾いた風に、溶けた。



「…私が、此処に着いた時には」



零れる彼女の言の葉は、独白のよう。





ホークアイが此の場に辿り着いた時。

エドワードは、数え切れぬほどの死体に目もくれず。

その金色の髪を返り血で紅く染め上げ。

巻き散る血煙の中。

独り、立ち尽くし。

悄然と、晴れ渡った空を見上げ。

唄を。

口ずさんでいたと云う。



そして、ホークアイに気付き、振り返ったエドワードは、力無いながらも。

笑った。



ゆっくりと流れる時の中。

エドワードは、微笑みを崩す事なく、云った。



「…俺、殺されんなら、相手は大佐だと思ったんだけどな…」



そして、眼を閉じて。

両手を、広げた。



瞬間。



複数の銃声。



飛び散り、咲き誇る、赫い、華。



スローモーションのように、ゆっくりと倒れ込む、躰。



号令と共に降ろされる銃口。
ホークアイには目もくれず、指揮官はその場を去った。
そして、銃弾を放った兵士達も、其れに習う。



指揮を執っていた人間の顔は、初めて見るモノで。

これだけの人数が潜んでいる事も知らされてはおらず。

自分たちは、端から利用されていたのだと。

気付く。

嗚呼、全ては。

初めから計算し尽くされていた事。

これらは全て。

驚異の種を育んだ、鋼の錬金術師を。

排除するための、茶番。



「エドワード君…ッ」



声にならない叫びは、喉の奥。

駆け寄る事すら出来ず。

彼女は。

立ち尽くす。



そして訪れる、悲愁の刻。



乾いた風が吹く。

何もない場所で。

血塗れた金の髪の少年を抱き。

青い軍服が、赫い血によって、黒く染みを創るのも構わず。

血の海と形容すればいっそ控えめな印象を受ける、けれど血の海としか形容する事も出来ない、赫の中。

ロイは。

嗤った。










口付けた、唇は。








錆びた鉄の味がした。
















後書きと書いて言い訳と読む。

え〜…世界の皆様申し訳御座いません(土下座/まず初めに其れか)

一度は書く気でいた死にネタ。
それを流夜サマの素晴らしい小説の雰囲気を壊さず、何処まで書けるか。
無謀なチャレンジ。の、結果が、コレ。
と、アレ(エドver「終焉を臨む者へ声なき讃歌を」)。
俺のヘタレ無能ダメさ加減が露呈されただけでした。

それで…ん〜…まぁ、なんと云いますか。
相変わらずアルフォンスの出番がナイですね。
だって苦手なんですよ、弟君(問題発言)
そんでもって、ハボック少尉を好きだとほざきながら出番少ない理由。
それはずばり、ハボロイに走りそうになるかr(殴)

さてさて、俺のアホトークはこの辺で。
どぞ、流夜サマの本家ストーリーにて御眼を清めて下さいませ(逃走)





斎雅 月 拝


※後書きは反転にて





2003.12.25















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